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花見 ハナミ

花見 

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作者名 英泉   (渓斎 英泉)
作者名ヨミ エイセン  (ケイサイ エイセン)
代表明細・シリーズ名称 花見
落款等備考 渓斎英泉画
制作者備考
印章等 版元
印章注記
時代区分 文政~天保頃
西暦 1818-1844
形態 大判
種別1 木版浮世絵
種別2 錦絵
種別3
内容1 人物画 子ども絵
内容2 美人画 母子絵 行楽
内容3 育児 母・姉と子ども(幼児) 花見 桜 狐のあやつり人形 盛装(正装だと儀礼服) おしゃれ着 飛鳥山 目かずら 姉様かぶり

追加情報

花見を楽しむ母と子、姉と弟であり、美人画であるとともに花見の風景画でもある。
背後に山一面に咲きほこる桜が描かれているが、中央の石碑から飛鳥山(東京北区)
と分かる。右の姉娘は裾に水鳥文様を描いた振袖を着て、弟は王子稲荷の狐の
あやつり人形を手に持っている。中央の母は手拭を姉様かぶりにして珍しい椎茸の
裾文様がついた裾前を持ち上げながら歩き、子は天狗の目かずら(顔半分のお面)を
持っている。左の母の裾文様は蝶、ねじり鉢巻の子はなんと満開の桜を枝ごと折り
取っている。
飛鳥山が桜の名所としてこの当時よく整備され、花見が江戸庶民の楽しみであったことが
よくうかがえる。このような江戸の物見遊山を、現代では行動文化と呼び、江戸庶民文化
の特色の一つに上げている。
江戸っ子の春三月の楽しみは、なにより花見。三組の姉と子どもたちがやって来たのは、
飛鳥山(東京北区)だ。ここは江戸市中からはやや遠いのどかな田園にあり、隅田堤のよう
に酔客のどんちゃん騒ぎもなく、日暮れ前に帰路につけば、婦女子には最適だった。
絵の子どもたちは。王子稲荷の狐のあやつり人形、天狗のめかずら目鬘(顔半分のお面)、
桜の枝をそれぞれに持っている。母たちも、せいいっぱいのおしゃれ着だ。
花見にはおんなこ女子どもの団体も多く、特に寛永寺境内の上野山は禁酒だけに
「手跡の師・踊・歌・浄瑠璃の師匠達、弟子をつれ、揃いの日傘、てぬぐい手拭にて
八、九十人より百人以上ずつ袖をつらねて花下に遊ばしむるもの、花中絶えず」
(『江戸府内絵本風俗往来』)というありさまだった。同書は隅田堤についても
「花より団子の子供衆も、田を三めぐり(三囲稲荷)の鬼ごっこ…社内に始まる隠れん坊」
と名調子で描写してある。

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