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御祝七五三源氏の寿  オイワイシチゴサンゲンジノコトブキ

御祝七五三源氏の寿  

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作者名 二代 国貞 (二代 歌川 国貞)
作者名ヨミ 2ダイクニサダ (2ダイ ウタガワ クニサダ)
代表明細・シリーズ名称 御祝七五三源氏の寿
落款等備考 國貞画
制作者備考 辻文
印章等 年月改 版元
印章注記
時代区分 慶応3年
西暦 1867
形態 大判
種別1 木版浮世絵
種別2 錦絵
種別3
内容1 風俗画
内容2 源氏絵  (通過儀礼)
内容3 七五三  殿様 奥様 若君 姫君 奥女中 屏風(松竹梅図) 盃

追加情報

「御祝七五三 源氏の寿」とあり、大身の武家が七五三を祝う、めでたくも華麗な場面である。源氏とあるが、この源氏は源氏物語を室町時代の武家社会に置きかえて描いた『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』(柳亭種彦作・歌川国貞絵)の大人気を受けて、天保から幕末にかけて制作された絢爛たる武家の風俗画を指し、一連の作品を源氏絵と呼んだ。十一月十五日に七五三をまとめて祝う風習は、江戸後期に盛んになった。
大名なのか、位の高い武家の七五三である。殿様は、松竹梅に鶴が舞う屏風を背に座り、左側に奥方、前には梅の盆栽や三つ重ねの盃が用意されている。右で上下を着て正座している若君は五歳での袴着、その右で奥女中に抱えられている姫君は三歳で髪置き、左手から現れた姉の姫君は七歳で帯解きである。
なお、江戸時代は旧暦であり、11月15日は今の正月前後となり、梅が咲く時期であった。また、三歳の髪置きは男女とも、五歳の袴着は男子、七歳の帯解きは女子の祝いであった。
天保から幕末にかけてブームとなった源氏絵は、出典である『偐紫田余源氏』をはなれ、さまざまな場面の浮世絵になった。この作品もその一つで、源氏絵の創案者である国貞の二代目作であることと、当時七五三がまとめて同時に行われていたことを示している。七五三は、かつては貴族・武家の行事であり、時期にもずれがあったが、江戸後期に町人にも広がり、十一月十五日になった。

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