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見立 福人子宝冨根(毘沙門天)/見立 福人子寶冨根(毘沙門天) ミタテ フクジンコダカラブネ:ビシャモンテン

見立 福人子宝冨根(毘沙門天)/見立 福人子寶冨根(毘沙門天) 

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作者名 三代 豊国 (香蝶楼 豊國/三代 歌川 豊国)
作者名ヨミ 3ダイ トヨクニ (コウチョウロウ トヨクニ/3ダイ ウタガワ トヨクニ)
代表明細・シリーズ名称 見立福人子宝富根
落款等備考 香蝶楼豊國画
制作者備考 藤慶
印章等 名主1・板元
印章注記 名主:濱
時代区分 天保14年~弘化3年頃
西暦 1843-1346
形態 大判
種別1 木版浮世絵
種別2 錦絵
種別3
内容1 子ども絵 人物画
内容2 母子絵 美人画 見立て絵 こま絵(毘沙門天)
内容3 育児(遊び) 母と子(少年) 甲 槍 七福神(毘沙門天)※子どもの姿を毘沙門天に見る

追加情報

シリーズ名に「見立福人子宝富根」とあるように、子どもを七福人に見立てた揃物で
「富根」は「船」にかけてある。こま絵は丸の中に、七福人の本来の姿を描いてあるが
さらに宝船を加え、全部で8枚の揃物である。
七福人、宝船という江戸で人気の福神に子宝を組み合わせた吉祥画。
こま絵は、甲冑を着け矛を持った武人が描かれており、毘沙門天である。この神も
大黒天と同じインドの軍神であったが、日本では財産を授ける神として信仰される
ようになった。絵は中国の武人姿になっている。本絵の子どもは、見事な鍬形を
つけた兜をかぶり、手には矛にかえ毛槍を持ち、足をふんばっている。母は勇ましい
子どもを、たのもしそうに眺めているが、その小袖は毘沙門天の甲冑に使われた
という毘沙門亀甲であり、大柄の大胆なデザインである。
江戸後期には七福人詣と宝船の絵を枕の下に敷いての初夢が、福を招くとして
もてはやされた。これに子宝に恵まれ、その子が裕福に育つようにとの願いが
習合して生まれた吉祥画で、当時の人気絵師豊国三代の作品であることからも
福神や子宝への願いの強さがうかがえる。
・七福人の由来は仏教用語の「七難七福」とされ、室町時代に京の町衆によって
始まったとされる。最初は恵比須、大黒の二神にさまざまな神が組み合わされた。
江戸時代の文化文政頃に、二神と毘沙門天、 弁財天、布袋和尚、寿老人
福禄寿という七人の組み合わせがほぼ固まり、宝船とともに福神信仰が大変
盛んになった。

・公文は、豊国三代の揃物8枚を全て所蔵している。関連作品では
「見立福神子宝富根」の題で、こま絵に鶴亀を配したものがあるようだが未見。

・七福人は、春信、歌麿、北斎なども手掛けており、公文では歌麿の
「風流小宝船」などを所蔵している。

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公文と子ども浮世絵

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