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打毬合戦双六  ダキュウカッセンスゴロク

打毬合戦双六  

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作者名 芳綱  (一登斎 芳綱/歌川 芳綱)
作者名ヨミ ヨシツナ  (イットサイ ヨシツナ/ウタガワ ヨシツナ)
代表明細・シリーズ名称 打鞠合戦双六
落款等備考 一登斎芳綱画
制作者備考
印章等 名主両印と年月(要確認)
印章注記
時代区分 嘉永5年10月
西暦 1852
形態 その他
種別1 木版浮世絵
種別2 錦絵
種別3
内容1 絵双六
内容2 ゲーム絵 打毬(鞠) 騎馬打鞠
内容3 騎乗 源平 笹りんどう 蝶丸(揚羽蝶) 馬印 鉦と太鼓 双六

追加情報

打毬を双六にしたもの。打毬とは、二組の騎馬に分かれ、毬杖で毬鞠をすくって自分の毬門に投げ入れてその数を競うゲームである。平安時代に中国から伝わり、一時すたれたが、江戸時代に八代将軍吉宗が馬術として奨励、各藩にも広まった。庶民の子どもは徒歩で行った。打毬は子どもたちにも人気があったと見え、武家の子どもが打毬をする浮世絵「子供あそび」(公文蔵)もある。
上段には、右に源氏の笹りんどうの紋をつけた馬印、左に平氏の蝶丸(揚羽蝶)の紋をつけた馬印が立っている。中央では源平の騎馬が、毬杖で毬をうばいあっている。下段には、右に太鼓、左に鉦が置かれ、自軍の毬が見事毬門に入ればこれを打ち鳴らす。桶は毬を運ぶため。騎馬の入場門にむかって、紋所を染めた幔幕を張りめぐらしてある。中段は枡目になっており、左右6コースずつで、源平6人までが、采を振って進め、ゴールの毬門をめざす。
馬は今日の自動車に当たり、馬術とも子どものあこがれであった。打毬(鞠)も人気があったからこそ双六になっている。公文は打毬に関する代表的な二種類の絵双六、それに浮世絵「子供あそび」、おもちゃ絵「新製馬乘づくし」と揃えている。
遊び方
「回り双六」と同じように、采の数だけ進むが、回りながら進むのでなく、直進である。
・打毬は、明治維新以後は急速におとろえ、現在も続いているのは宮内庁、八戸市、山形市の三カ所のみになっている。
・二組に分かれての競技は、源平合戦になぞらえて行われることが多く、打毬も同様である。源氏は白い毬(鞠)を、平氏は赤い毬を自陣の門に投げ入れた。
・図のような馬による打毬を「騎馬打毬」、徒歩による打毬を「徒打毬(徒土打毬)とも呼ぶ。

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公文と子ども浮世絵

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