歌川 豊國(歌川 豊国)
百人一首絵抄 二十五:百人一首繪抄 廿五
弘化1-2年 (1844-45)
資料名1
百人一首絵抄 二十五:百人一首繪抄 廿五
史料名1よみ
ひゃくにんいっしゅえしょう 25
史料名Roma1
hyakuninisshueshou25
絵師・著者名
歌川 豊國(歌川 豊国)
Creator
落款等備考
國貞改 一陽斎 豊國画
板元・製作者
佐野屋喜兵衛(佐野喜)
制作年和暦
弘化1-2年
制作年西暦
1844-45
書誌解題
資料名1
百人一首絵抄 二十五:百人一首繪抄 廿五
資料名2
史料名1よみ
ひゃくにんいっしゅえしょう 25
史料名2よみ
史料名Roma1
hyakuninisshueshou25
史料名Roma2
Title
Alternative title
シリーズ名・代表明細
百人一首絵抄
絵師・著者名
歌川 豊國(歌川 豊国)
絵師・著作者名よみ
3だい とよくに (3だい うたがわ とよくに)
Creator
管理No.
00000680
管理No.枝番号
002
落款等備考
國貞改 一陽斎 豊國画
板元・製作者
佐野屋喜兵衛(佐野喜)
彫摺師
制作年和暦
弘化1-2年
制作年西暦
1844-45
制作年月
書誌解題
判型・形態
大判
印章の有無
名主1 版元
印章内容
名主:田中
複製フラグ
種別1
木版浮世絵
種別2
錦絵
種別3
内容1
人物画
内容2
美人画
内容3
美人 和歌 百人一首(三条右大臣)
テーマ
小倉百人一首は多くの浮世絵師によって題材とされ、美人画、役者絵、見立絵など
になっている。これは豊国三代(国貞)が、美人画見立にした揃物である。
具体物
こま絵は巻物を型とり、題箋に「百人一首絵抄 廿五」とある。画家の左右には百人一首かるたの絵札、読み札を入れ、中央に美人を配している。歌は、「逢っていっしょに寝るという名前を持つ逢坂山のさねかずらよ。その名の通りであるなら、つるをたぐるように、こっそり逢いに行く方向を知りた」という恋歌である。絵の母はわが子をだきたくて、笛(鳥寄せ笛の一種か)を吹き鳴らしながら両手を差しのべている。傘のついたかんざしが可愛いい。
Comments
位置づけ
さまざまな絵師によって描かれた「百人一首」揃物の一つで、幕末の代表的な作品。
讃・画中文字
三條右大臣
「名にしおはば 逢坂山の さねかつら」
「人に しられで 来るよしもがな」
自由記入欄
国貞は弘化元年に「国貞改二代豊国」の茨款を使っている。天保期は国貞である。
史料分類
絵画