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妙でんす十六利勘 多弁損者  ミョウデンスジュウロクリカン タベンソンジャ

妙でんす十六利勘 多弁損者  

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作者名 国芳   (一勇斎 國芳/歌川 国芳)
作者名ヨミ クニヨシ  (イチユウサイ クニヨシ/ウタガワ クニヨシ)
代表明細・シリーズ名称 妙でんす十六利勘
落款等備考 一勇斎國芳画
制作者備考
印章等 名主1 版元
印章注記 名主:[村(村田)]
時代区分 天保~弘化頃
西暦 1844
形態 大判
種別1 木版浮世絵
種別2 錦絵
種別3
内容1 人物画 子ども絵 戯画
内容2 母子絵 こま絵(多弁損者)
内容3 育児 母と子(少年) おしゃべり 裁縫 姉様人形 あやつり人形(三番叟) 裁縫箱 物差 握りばさみ

追加情報

「妙でんす十六利勘」の妙でんは妙典(すぐれた教えを説いた経典)にかけてあり
十六利勘は十六羅漢をもじってある。このこま絵は多弁損者であるが、他に朝寝損者
欲連損者などが登場、本絵に美女のおしゃべりや朝寝が描かれ、それらの行状を
忠告する絵詞が添えられている。
国芳は幕末を代表する絵師の一人で、武者絵や戯画、風景画で知られるが、美人画
母子絵にも優れた作品を残している。
これは、仏法を守護する十六羅漢に見立てて、風刺の効いた羅漢名をつくり、絵詞と
美人を配して場面を構成した十六枚の揃物である。こま絵の多弁損者は、多弁つまり
おしゃべり女を戒めるために、舌抜きに使う釘抜きを持っている。本絵の母親は、子も
裁縫もそっちのけで、画面外の人物とおしゃべりの真最中だ。姉様人形や、三番叟の
あやつり人形、物差し、握りばさみが打ち捨てられている。
絵詞には「口はこれ禍ひのかど、多弁はとかく女に多きものにて…。『あいさ、そうさねへ
お隣の娘っ子ももう廿七、八だろうが、今に嫁の口もねへのは大かたろくろく首だろうねへ
』『ほんに……ろくでもねへ顔をしてあのおしろいはさ、いやじやぁねへかねへ』
多弁なる人はうそをつくものゆへに釘抜きをもっていましめたまふなり」、などとある。
いきすぎたおしゃべりを戒めたものだが、裁縫、育児と多忙な母の日常生活の一端を
うかがうことができる。
妙でんす十六利勘
くちはこれわざはひのかど、はなはこれわざはひひきまどなり。たべんはとかく女におほきものにて…。
「あいさ、そうさねへ、おとなりのむすめっこももう廿七、八だらうが、いまによめの口もねへのは大かたろくろくびだらうねへ、べちやくちや、      」
「ほんに、そうさねへ、あのまぁおひきずりなことをごらん、女房のくさつたのをみたようふに、そしてろくでもねへかほをしてあのあしろいはさ、いやじやぁねへかねへ。きのふもゆやで見ていれば、ぬかぶくろを九つばかりもつてきてさ、あのまあ、ねこぜのくせにいやだねへ、べちやくちや、      
」などとしやべりたがるものなり。
いちごんの事がわざはひのたねとなり、大きなそんのゆく事あり。たべんなる人はうそをつくものゆへにくぎぬきをもつていましめたまふなり。とかくたべんはそんじやとのおしへなり。
しかし、うまいものをたべんはそんじやとおもひちがへて、げびぞうをしてはわるしとのたまふ。

1020
麻疹まじなひ
武州荏原郡(えばらごおり)久方村といふ所に源助といふ百性あり。しがなきくらしの中に男子二人もてり。然るに、此度二人ともに麻疹重くして、既に命にも及ぶほどなりければ、親源助、我命にかへて諸神に子供の平癒せん事を祈る所、ある夜の夢に白髪の髪来りて示(つげ)ていわく。「是は尊(わ)が手剱なり。是をもて両児の惣躰を撫よ」といふかと思へば夢さめぬ。源助希意の思ひをなし、ふと枕辺を見れば、剱のかたちと手の形ちのしるしたる紙あり。源助、則(ただち)に身を清め、是をもて病人の躰(からだ)を撫(な
づ)るに、またゝくうちに熱は覚ぬ。夫より只一日にして、両人とも全く平喩(平癒)なしたりけり。見るもの、聞もの、此写しを乞得て、病人の躰を撫るに、いづれも平喩せずといふ事なし。又、いまだはしかをせざる人の家にはり置時は、一生此病をまぬがるゝとなり。
是を一枚家内へ張置時は麻疹一切入事(いること)なし。亦、病人は忽(たちまち)に治すとなん。
(曲尺に本の字の商標)伊勢庄
耳古拝写
(小泉吉永氏翻刻)

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