
まだまだ暑さが残るころ、昼寝をする江戸の男の子が、何やら怖い夢にうなされています。お母さんが、虫よけの蚊帳をめくって、そっと声をかけています。
怖い夢の正体は、妖怪たちのいたずらのようです。なんと、マンガの「ふき出し」とおなじ方法で、ぼうやの夢の中が紹介されているのです。江戸時代にすでに、このようなコミカルな表現がなされていたとは、おどろきですね。
男の子はもうすぐ悪夢から覚めるのでしょう。長い首の見越し入道や、いたずらっ子の一つ目小僧らが退散していきます。
妖怪たちのセリフもユニークです。「またばんにうなしてやらふ(また晩にうならせてやろうぜ)」、「おふくろがおこさねへともっとおどしてやるのに(お母さんが起こさなければ、もっとおどしてやるのにね)」、「よしよしばんにはおふくろにこわいゆめをみせてやらふ(よーし、晩になったらお母さんに怖い夢を見せてやろうよ)」。不思議な力を持つかれらは、今よりももっと人に近しい存在でした。
苦しげな男の子の顔は、ひたいの深いしわ、つった目と下がりまゆ、大きくゆがんだ口もとなど、まさに「変顔」のよう。妖怪たちもこの顔におどろいて、にげ出したのかもしれませんね。

夢にうなされる子どもと母(喜多川歌麿)寛政12年-享和元年頃(1800-01頃)

大人向け解説
美人画の歌麿が描く母の魅力
本図の絵師喜多川歌麿(1753~1806=生年には諸説あり=)は、江戸を代表する美人画の名手です。色っぽい美女を手がければ天下一品、今も世界中に愛好者がいます。有名版元の蔦屋重三郎がプロデュースした、女性の上半身を描いた「美人大首絵」で人気を博しました。
歌麿は茶屋で働く評判娘や商家の奥方など、幅広い年齢や職業の女性に取材しました。特に晩年には、母と子の愛情を描いた秀品を残しました。
同じく晩年に母子の絆を描いた、アメリカの女性画家メアリー・カサット(1844~1926)も、歌麿の母子図に影響を受けたことが知られています。歌麿が描く優しい母の魅力は、海を渡り、多くのファンの心をつかんだのですね。