
犬塚信乃、犬飼現八、犬山道節…。名前に「犬」の文字がつくかれらは、江戸っ子があこがれた8人の人気ヒーローズの一員です。
『南総里見八犬伝』は、江戸時代後期の小説家、曲亭馬琴が28年もかけてまとめた長編伝奇小説です。舞台は室町時代の安房の国(現在の千葉県)。領主里見家の伏姫と、不思議な力を持つ犬の八房の因縁で結ばれた八犬士が戦いの中でめぐり会い、やがて力を合わせ里見家の再興を目指します。
特に美少年の信乃と力じまんの現八が、芳流閣という架空の建物の上で戦う場面は迫力があり、芝居や浮世絵にも好んで選ばれています。
右の色白の少年が信乃で、きりりとした顔立ちがすてきです。十手を武器に戦うのは大きな体で迫力たっぷりに描かれる現八。見ているだけではらはらします。2人はもみ合いながら川に落ち、小ぶねにゆられ流されてしまいます。
中国の人気小説『水滸伝』などをベースに編まれたこの物語には、八つの異なる個性を持った勇者が登場します。そのコンセプトは、まるで現代の戦隊もののようです。みなさんも、なつかしのヒーローズを探してみませんか?

曲亭翁精著八犬士隨一 犬塚信乃 (歌川国芳)天保8年(1837)

大人向け解説
浮世絵と物語
「信乃は刀の刃も続かで、初に浅痍を負ひしより、漸々に疼を覚ゆれども、足場を揣りて、撓まず去らず…」
曲亭馬琴(1767~1848年)による『南総里見八犬伝』の芳流閣のシーンです。武術の達人犬飼現八に刀傷を受けても、ひるまずに挑む麗しい剣士、犬塚信乃の戦いを華麗に表現しています。国芳の「八犬士」に物語を重ねると、場面の臨場感が一挙に増します。
馬琴は武家出身の読本作家で、本作執筆中に目が不自由になり、息子の妻に口述筆記させて完成に至りました。「芳流閣」の場面も声に出して読むと、実にリズミカルな文体だと気付きます。
作者の内なる声が物語となり、絵画化を通じて魅力を増す。その豊かな世界観は、時を超えて私たちをも魅了するのです。