
立派なカメにまたがり海をわたるりりしい男性と、見送る美しい女性たち。ドラマチックで、映画を見ているようですね。
この男性は、昔話にも登場する有名なヒーロー。今の京都府の北側にあたる丹後国の漁師、浦島太郎です。みなさんも「浦島太郎」の歌、「むかしむかし、浦島は、助けたカメに連れられて、龍宮城へ来てみれば、絵にもかけない美しさ」を聞いたことがあるのではないでしょうか。
「浦島伝説」に由来したこの物語は、室町時代の「御伽草子」という物語集にもしるされ、江戸の庶民にも広く親しまれるようになりました。みなさんが知る物語は、おおよそ以下の通りではないでしょうか。
カメを助けた太郎は深い海の底にある龍宮に招かれ、乙姫とふうふになり幸せな時間を過ごします。やがて、おみやげの玉手箱を手に村にもどりますが、地上ではなんと300年(700年とも)が過ぎていました。
「心細さにふたとれば、あけてくやしき玉手箱、中からぱっとしろけむり、たちまち太郎はおじいさん。」と歌にあるように、太郎はおじいさんになってしまいます。この絵は太郎の幸せなしゅんかんをうまく切り取っているのですね。

芳年漫画 浦嶋之子帰国従龍宮城之図(月岡芳年)明治19年(1886)

大人向け解説
武者絵とリアリティー
本作「浦嶋之子帰国従龍宮城之図」を含む「芳年漫画」の連作は、浮世絵の中でも異彩を放つシリーズの一つです。
主題は昔話の舌切り雀や、源頼光の土蜘蛛退治、遮那王の鞍馬山の修行の場面など、明治の人々に親しまれた物語や逸話を取り上げています。
特徴的なのは描法で、特に写実的な人物表現は秀逸です。浦島太郎の惜別の表情も情感にあふれ、悲しい場面を強く印象付けます。一方、荒波の中を進む姿は雄々しく、リアリティーのある表現により、いにしえの物語がよみがえったような不思議な感覚を与えます。
月岡芳年(1839~92)は、師の歌川国芳譲りの迫力ある人物表現で明治の浮世絵界をけん引しました。ノスタルジックな雰囲気のある本作を引き締めているのは、武者絵で培った芳年の豊かな表現力なのでしょう。